『薬屋のひとりごと』の漫画が二種類あるのは、同じ原作小説を異なる出版社がそれぞれ漫画化しているためです。ただし、二種類が制作された正式な理由は公表されていません。
どちらも日向夏さんの小説を原作とする正規のコミカライズで、続編と本編の関係でもありません。違いは絵柄や演出、そして猫猫と壬氏の関係と後宮の謎解きをどう描くかにあります。
『薬屋のひとりごと』の漫画が二種類あるのはなぜ?公式の理由は?
『薬屋のひとりごと』には、スクウェア・エニックスの『月刊ビッグガンガン』で連載される漫画と、小学館の『月刊サンデーGX』で連載される漫画があります。
二作品とも2017年に漫画化が始まり、同じ原作小説の物語を、それぞれ異なる作画担当者が描いています。
ここで最初に押さえておきたいのは、どちらか一方が正式な本編で、もう一方が外伝というわけではないことです。
漫画の絵柄もタイトルも違うため、初めて見た人が別作品だと勘違いするのも無理はありません。
僕も、この二作品の関係で興味深いのは、物語の内容が大きく変わらないのに、読んだときの印象が変わることだと感じています。
同じ猫猫が同じ事件に向き合っている。それなのに、読者が気づく感情や伏線の重みまで少し違ってくるのです。
二種類の漫画が誕生した理由は明言されていない
なぜ同じ作品を二つの出版社が漫画化したのでしょうか。
実は、この理由について出版社や原作者から、企画の経緯を十分に説明する公式発表は確認されていません。
原作者の日向夏さんも、過去にXで漫画が二種類存在する事情について、自身にも分からず困惑していたという趣旨の発言をしたことが紹介されています。
つまり、「出版社同士が協力して読者層を広げようとした」「最初から恋愛版とミステリー版に分ける計画だった」といった説明は、確認された公式見解ではありません。
ただし、結果的に異なる読者層へ作品を届けている可能性は考えられます。
『月刊ビッグガンガン』と『月刊サンデーGX』は、掲載される漫画の作風や読者が期待するものにも違いがあります。
そのため、二つのコミカライズが別々の方向から『薬屋のひとりごと』の魅力を広めてきたと見ることはできるでしょう。
ただ、僕は少し別のことを考えてしまいます。
そもそも『薬屋のひとりごと』という作品自体が、一つの読み方では収まりきらない物語なのではないでしょうか。
後宮を舞台にした人間ドラマとしても読めるし、薬学知識を使ったミステリーとしても読める。
さらに、猫猫と壬氏の不器用な関係を追いかける恋愛作品としても楽しめる。
異なる漫画家がそれぞれの視点から描いたとき、自然と違う魅力が浮かび上がる。僕には、この現象そのものが作品の奥深さを証明しているように思えます。
原作は漫画ではなく日向夏による小説
『薬屋のひとりごと』の原作は、日向夏さんによる小説です。
もともとは小説投稿サイト「小説家になろう」で発表され、その後、ヒーロー文庫から書籍版が刊行されました。
書籍版のイラストを担当しているのは、しのとうこさんです。
物語の舞台は、架空の中華風国家の後宮。
花街で薬師として働いていた少女・猫猫(マオマオ)が、人さらいによって後宮へ売られ、下働きをするところから始まります。
猫猫は目立たずに勤めを終えるつもりでしたが、皇帝の子どもたちに関する不可解な出来事を知り、持ち前の薬学知識と好奇心から原因を探り始めます。
その行動が、美貌の宦官として後宮を取り仕切る壬氏(ジンシ)の目に留まり、彼女の日常は大きく変わっていきます。
僕がこの導入で好きなのは、猫猫が最初から英雄になろうとしていないことです。
彼女はただ、目の前の不可解な現象が気になる。そんな小さな好奇心が、権力と秘密に満ちた後宮を少しずつ揺らしていくのです。
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『薬屋のひとりごと』二種類の漫画は何が違う?出版社・作者・絵柄を比較
二種類の漫画の違いを整理すると、最も分かりやすいのは作画担当者と作品の見せ方です。
基本となる登場人物や事件は共通していますが、どの場面を印象的に描くかによって読後感が変わります。
まずは作品情報を比較してみましょう。
比較項目 スクエニ版 小学館版
正式タイトル 薬屋のひとりごと 薬屋のひとりごと〜猫猫の後宮謎解き手帳〜
出版社 スクウェア・エニックス 小学館
掲載誌 月刊ビッグガンガン 月刊サンデーGX
原作 日向夏 日向夏
作画 ねこクラゲ 倉田三ノ路
構成 七緒一綺 独立した構成担当の表記なし
キャラクター原案 しのとうこ しのとうこ
絵柄の特徴 華やかで表情豊か すっきりした線と軽快なコマ運び
物語の印象 人間関係や心理描写が際立つ 事件の展開や謎解きが際立つ
既刊数 17巻 22巻
向いている読者 キャラクターの感情をじっくり味わいたい人 ミステリーをテンポよく楽しみたい人
既刊数は2026年10月11日時点で出版社の刊行情報から確認できる数字です。
ただし、「スクエニ版は恋愛だけ」「小学館版は謎解きだけ」という意味ではありません。
両方とも恋愛や人間関係、謎解きの要素を含んでおり、違うのはそれらが読者へ伝わる際の印象です。

スクエニ版は猫猫と壬氏の表情や人間関係が魅力
スクエニ版の正式タイトルは『薬屋のひとりごと』です。
作画をねこクラゲさん、構成を七緒一綺さんが担当し、キャラクター原案にはしのとうこさんが名を連ねています。
この作品でとくに印象に残るのは、人物の表情の豊かさです。
普段は冷静で合理的な猫猫ですが、薬や毒に興味を示したときには、それまでとは違う顔を見せます。
また、壬氏に対する猫猫の反応にも、彼女らしい独特の温度差があります。
壬氏は周囲から美貌を称賛される存在ですが、猫猫は必ずしもその魅力に素直な反応を示しません。
むしろ、面倒なことに巻き込まれそうだと警戒する場面もあります。
この二人のすれ違いは、作品の大きな魅力の一つです。
スクエニ版では、そうした反応が視覚的にも伝わりやすく、猫猫と壬氏の関係を追いかけたい読者に向いていると感じます。
僕が面白いと思うのは、猫猫が壬氏に向ける感情を、単純な好意や嫌悪だけでは説明できないことです。
彼女は相手の立場や周囲の事情を理解しているからこそ、簡単には距離を縮めようとしない。
その複雑さが表情や間合いを通して見えてくるところに、スクエニ版ならではの読み応えがあります。
もちろん、後宮で起こる事件や猫猫の推理も丁寧に描かれています。
華やかな人物描写だけでなく、後宮という閉ざされた社会の息苦しさまで伝わってくる。その両立が魅力なのでしょう。
小学館版は事件の謎解きと物語のテンポが魅力
小学館版の正式タイトルは『薬屋のひとりごと〜猫猫の後宮謎解き手帳〜』です。
作画を担当するのは倉田三ノ路さんで、こちらも原作は日向夏さん、キャラクター原案はしのとうこさんです。
小学館版の特徴は、物語の流れが整理されていて、事件の発生から解決までを追いやすいことです。
猫猫が何に疑問を持ち、どの情報から推理を組み立て、どう結論へたどり着くのか。
そうした思考の流れを重視して読みたい人には、こちらが合うかもしれません。
たとえば、後宮で発生する不可解な出来事には、薬学だけでなく、人間関係や身分制度が深く関わっています。
一見すると偶然に見える出来事でも、調べていくと誰かの意図や隠された事情が浮かび上がる。
小学館版では、その過程を一つのミステリーとして楽しみやすい印象があります。
また、絵柄はスクエニ版よりも比較的シンプルで、コマの流れも軽快です。
ただし、人物の感情表現が薄いというわけではありません。
むしろ、過剰に感情を説明しないことで、読者が登場人物の本音を想像できる場面があります。
僕は、こちらの描き方にも強く惹かれます。
誰かの言葉を聞いた猫猫が、すぐに反応するのではなく、状況を確かめようとする。
そんな冷静な態度の裏側に、彼女なりの関心や思いやりを感じられるからです。
二種類はストーリーや結末も違う?
基本となるストーリーは同じです。
スクエニ版と小学館版は、いずれも日向夏さんの原作小説を漫画化しているため、物語の大筋や主要人物の設定は共通しています。
ただし、漫画として構成する際の演出や台詞の見せ方、場面に割くページ数などには違いがあります。
たとえば、同じ事件でも人物の表情を詳しく描く場合と、手掛かりや推理の進行を中心に描く場合では、読者が抱く印象は変わります。
なお、二種類とも原作小説の全内容を漫画化し終えたわけではありません。
そのため、二つの漫画について異なる最終結末が用意されていると考える必要はありません。
それぞれがどのような終盤を描くかは、今後の連載の進行を見ていく必要があります。
スクエニ版と小学館版は何巻まで?進行度・売上・価格の違い
二種類の漫画を選ぶ際には、作画だけでなく、どこまで物語が進んでいるかも気になるところです。
2026年10月11日時点で確認できる刊行状況では、スクエニ版が17巻、小学館版が22巻となっています。
ただし、巻数が多いからといって、単純に5巻分だけ物語が進んでいると考えるのは正確ではありません。
各巻の構成や描写の密度が異なるためです。
最新刊と原作小説の進行度は?
スクエニ版の17巻は、2026年7月24日に発売されました。
この巻には、原作小説第4巻のクライマックスに相当する内容が収録されています。
楼蘭や子の一族をめぐる物語が大きな節目を迎える巻です。
一方、小学館版の22巻は2026年6月18日に発売されています。
こちらでは、夜の都に現れた不思議な見世物の一座をめぐる事件や、壬氏から猫猫に届く文などが描かれています。
つまり、現時点では小学館版のほうが原作の先の展開まで漫画化しています。 SQUARE ENIX+1
アニメやスクエニ版の続きを読む目的であれば、この進行度の違いは重要です。
ただし、途中からもう一方の漫画へ移ると、場面の順序や演出の違いによって戸惑うことがあります。
同じ巻数が同じ事件を扱っているわけでもありません。
そのため、途中から読み始めたい場合には、巻数の数字だけでなく、各巻のあらすじを確認するほうが確実です。
どちらが人気?2022年の売上比較
過去の発行部数を見ると、スクエニ版が先行していた時期があります。
2022年6月時点の数字として紹介されているのは、スクエニ版が約800万部、小学館版が約680万部です。
この数字を比較すると、当時はスクエニ版が約120万部上回っていました。
また、スクエニ版は「次にくるマンガ大賞2019」のコミックス部門で第1位を獲得しています。
こうした受賞歴や知名度が、作品に触れるきっかけとなった読者もいるでしょう。
ただし、2022年の発行部数をそのまま2026年現在の人気順位とすることはできません。
刊行巻数や販売期間、アニメ化による需要の変化なども考慮する必要があります。
それに、発行部数が多いからといって、自分にとって読みやすい漫画だとは限りません。
とくに『薬屋のひとりごと』は、読者が何を面白いと感じるかによって好みが分かれやすい作品です。
猫猫と壬氏の距離感を追いたいのか。それとも、後宮で起こる不可解な事件を一つずつ解き明かしたいのか。
その違いのほうが、選ぶうえではずっと重要だと思います。
全巻を揃える場合はどちらが安い?
全巻を揃えるための費用は、巻数の少ないスクエニ版のほうが抑えやすい状況です。
たとえば、スクエニ版17巻の紙書籍の定価は税込770円、小学館版22巻の紙書籍の定価も税込770円です。
ただし、シリーズ全巻が一律で同じ価格とは限りません。電子書籍では販売価格が異なる場合もあります。
過去の比較記事では、スクエニ版12巻が1冊730円、小学館版17巻が1冊759円として試算されていました。
しかし、これは当時の巻数と電子書籍価格に基づく数字です。
現在は既刊数が増えているため、当時の全巻購入額をそのまま利用することはできません。
全巻購入を検討する際は、利用する書店や電子書籍ストアで、最新の巻数・価格・キャンペーン条件を確認してください。
僕としては、全巻をいきなり揃えるより、最初にそれぞれの1巻の作風を確認するほうが合理的だと思います。
価格の差よりも、自分が気に入った絵柄や演出で長く物語を追えることのほうが、満足度に大きく関わるからです。

『薬屋のひとりごと』の漫画はどっちを読むべき?タイプ別の選び方
結論から言うと、猫猫と壬氏の感情の変化をじっくり追いたいならスクエニ版、事件の謎解きを中心に楽しみたいなら小学館版がおすすめです。
ただし、これは作品の優劣ではなく、読書体験の違いによる判断です。
猫猫と壬氏の恋愛や人間関係が気になるならスクエニ版
猫猫と壬氏の関係が好きな人には、スクエニ版が向いていると思います。
壬氏は、その美しさや立場ゆえに周囲から特別な存在として扱われています。
ところが猫猫は、彼に対してほかの人々とは違う反応を見せます。
壬氏が近づこうとしても、猫猫は簡単にはその思惑どおりになりません。
ここに、この二人の関係の面白さがあります。
恋愛作品では、相手に好意を抱く過程が物語の中心になることが多いでしょう。
しかし『薬屋のひとりごと』では、猫猫が何を考えているのか簡単には分からない。
彼女にとって壬氏は、単なる恋愛対象として整理できる存在ではないからです。
身分の差もあれば、後宮という特殊な環境もある。
相手との距離が変わることは、ただ気持ちが動くというだけでは済みません。
スクエニ版では、その複雑さを人物の表情とともに味わいやすいと感じます。
二人の関係に関心があるなら、こちらから入るのは自然な選択でしょう。
猫猫の推理や伏線回収を楽しみたいなら小学館版
猫猫の観察眼や推理が好きな人には、小学館版が向いています。
『薬屋のひとりごと』の事件は、単に犯人を当てれば終わるようなものばかりではありません。
毒や薬の知識が重要になる一方で、事件の背景には後宮の人々が抱える事情が存在します。
一つの謎を解決すると、そこから別の問題が見えてくる。
その連続が、この物語を単純な謎解き以上の作品にしています。
小学館版では、そうした事件の連なりを比較的テンポよく追いかけられます。
また、猫猫が発見した手掛かりについて、自分でも考えながら読みたい人にも合うでしょう。
僕はこの作品を読むとき、事件の答えそのものより、猫猫がその答えにどう到達するのかを気にしてしまいます。
彼女は人間関係については距離を置こうとする一方、薬や毒が絡むと驚くほど積極的になる。
そんな一貫しているようで少し矛盾した態度を追うことも、小学館版の楽しみの一つだと思います。
アニメから漫画に入るならどっち?
アニメ版から入った人は、アニメのどの部分が好きだったかで選ぶと分かりやすいでしょう。
アニメの華やかな後宮の世界観や、猫猫と壬氏のやり取りが印象に残っているなら、スクエニ版がなじみやすいかもしれません。
一方、猫猫が証拠を集め、不可解な事件の真相に迫る展開が好きなら、小学館版がおすすめです。
アニメ第1期は2023年10月に放送が始まり、2025年には第2期が放送されました。
さらに、第3期は2026年10月2日から日本テレビ系で放送が始まっています。劇場版『薬屋のひとりごと 亡妃の秘宝』も2026年12月11日に公開予定です。 tohoanimation.jp+1
ただし、アニメは原作小説をもとに独自の映像演出を加えた作品です。
スクエニ版と雰囲気が近い部分はあるものの、公式にどちらか一方の漫画をそのままアニメ化したという関係ではありません。
また、アニメの続きを漫画で読みたい場合は、それぞれの進行度に注意が必要です。
アニメと漫画では構成に違いがあるため、「アニメの続きは必ずこの巻から」と一律に判断することはできません。
とくに第3期の放送が進むにつれて、漫画との位置関係も変わっていきます。
物語の先を早く知りたい場合には、原作小説も選択肢になります。
迷ったら同じ事件を両方で読み比べてみる
僕が個人的におすすめしたいのは、二種類の漫画で同じ事件を読み比べてみることです。
たとえば、序盤の皇帝の子どもたちをめぐる事件は、猫猫という人物を理解するうえでも重要な場面です。
どちらの漫画でも基本的な出来事は共通していますが、猫猫の表情や事件の進め方には違いがあります。
そこで注目してほしいのは、事件の真相だけではありません。
猫猫が何に気づいたのか、周囲の人物がどう反応したのか、そして彼女が自分の知識をどのように使ったのか。
同じ場面を比較すると、漫画家によって強調されるものが違うことに気づくはずです。
一方の作品では人物の感情が印象に残り、もう一方では手掛かりの意味がはっきり見えてくる。
それは内容の優劣ではなく、作品を理解するための視点が増えるということです。
無理に両方を全巻揃える必要はありません。
まずは序盤を読み比べ、自分が自然にページをめくりたくなるほうを選べば十分だと思います。
考察|二種類の漫画があるからこそ見えてくる猫猫と壬氏の本音
ここからは、二種類の漫画の違いを踏まえた僕自身の考察です。
『薬屋のひとりごと』には、一つの原作から二つのコミカライズが生まれたという珍しさがあります。
しかし、僕が本当に興味深いと思うのは、同じ物語を描いているのに、人物の感情が少し違って見えることです。
とくに猫猫と壬氏の関係には、その違いがよく表れている気がします。
猫猫と壬氏の関係は単純な恋愛物語ではない
表面的には、壬氏が猫猫に関心を示し、猫猫がそれをかわすという、少し変わった恋愛模様に見えます。
美しい壬氏が積極的に接し、猫猫が冷静に距離を置く。
この関係だけを切り取れば、コミカルな掛け合いとして楽しむこともできます。
でも、僕はこの二人の関係を、単なるすれ違いの恋愛として読むことに少し抵抗があります。
なぜなら、猫猫が壬氏に近づかない理由は、恋愛感情の有無だけでは説明できないからです。
後宮という場所では、誰と親しくするかが人生を左右しかねません。
壬氏のような権力に近い人物と関わることは、猫猫にとって自分の意思だけでは処理できない問題を生む可能性があります。
猫猫が慎重なのは、相手に関心がないからだけではなく、自分の立場や周囲の危険を理解しているからとも考えられます。
だからこそ、彼女が壬氏に見せる反応には複数の意味が重なっているのでしょう。
スクエニ版では、その複雑な距離感を人物の表情から感じやすい。
一方、小学館版では、猫猫の判断や行動の積み重ねから彼女の立場を理解しやすい印象があります。
同じ関係を描いているのに、感情から理解するか、行動から理解するかが少し違う。
この差は、思っている以上に大きいのです。
何気ない沈黙や視線の意味が変わって見える
漫画を比較するとき、僕が注目したいのは大きな事件の場面よりも、人物が言葉を発しない瞬間です。
たとえば、壬氏が猫猫に何かを期待している場面。
彼女が期待した反応を返さなかったとき、壬氏がどう受け止めるのか。
その描き方によって、同じ台詞の意味まで違って感じられることがあります。
華やかな表情を強調すれば、二人のやり取りは親しみやすいものになるでしょう。
反対に、反応を抑えた構成では、壬氏が何を考えているのか、読者自身が想像する余地が広がります。
もちろん、具体的な沈黙の長さや視線の向きは、実際の各場面を確認して比較する必要があります。
ただ、漫画において台詞以外の部分が人物の印象を変えることは確かです。
そして僕は、そこに『薬屋のひとりごと』という作品の面白さが隠れていると考えています。
猫猫は、自分の感情をいつも分かりやすく口にする人物ではありません。
壬氏もまた、自分の立場や抱えている事情から、思うように振る舞えない場面があります。
二人の言葉にならない部分をどう読み取るか。
それによって、同じ出来事が軽やかな掛け合いにも、切実な感情の交錯にも見えてくるのです。
……相手の気持ちを知りたいのに、自分の気持ちは簡単に伝えられない。
その不器用さが、どうしようもなく胸に残るんですよね。
二種類の漫画は猫猫という人物の別々の側面を照らしている
もう一つ、僕が強調したいのは、猫猫の合理性と感情の関係です。
彼女は薬学知識に優れ、不可解な現象に対して冷静に向き合います。
誰かが感情的になっている場面でも、事実を確かめ、状況を整理しようとします。
この態度は、ミステリーの主人公として非常に魅力的です。
一方で、猫猫は感情を持たない人物ではありません。
花街で育った経験や、後宮という場所で見聞きする出来事は、彼女の物事の捉え方に影響しています。
他人の事情に深入りしないように見えても、結果的に誰かを助けることがあります。
その行動は、単純な正義感だけでは説明できないように思えるのです。
ここで二種類のコミカライズの違いが生きてきます。
スクエニ版では、猫猫の感情や周囲との関係を意識しながら物語を読むことができます。
小学館版では、猫猫の思考や推理の積み重ねを追うことで、彼女の人物像を理解しやすくなります。
僕には、この二つが対立するものには見えません。
むしろ、一人の人物を別々の角度から照らしているように感じます。
猫猫は、冷静だから優しくないわけではない。
また、誰かを助けたからといって、必ずしも自分を優しい人間だと思っているわけでもない。
その矛盾が彼女の魅力です。
二種類の漫画を読むことは、その複雑な人物像をより立体的に理解することにつながるのではないでしょうか。

なぜ同じ事件でも読後感が違うのか
『薬屋のひとりごと』で起こる事件は、薬学的な知識だけで完結するわけではありません。
事件には必ずと言っていいほど、人間の欲望や恐れ、立場の違いが絡んできます。
病気だと思われた現象に別の原因が隠されていることもあれば、誰かの不可解な行動に、本人にしか分からない事情が存在することもあります。
そのため、この作品では真相を知ることが、必ずしも気持ちのよい解決につながりません。
謎が解けても、そこで明らかになった人間関係の重さが残ることがあります。
僕はそこが好きです。
普通のミステリーなら、真相が明かされる瞬間に大きな達成感が生まれます。
しかし『薬屋のひとりごと』では、真相が分かったあとに、もう一度登場人物の気持ちを考えたくなる。
なぜ、その人はそんな選択をしたのか。
ほかに方法はなかったのか。
誰かを守るための行動が、別の誰かを苦しめることはなかったのか。
そうした問いが、事件のあとにも残ります。
小学館版で事件の構造を理解したあと、スクエニ版で人物の表情や関係性に目を向ける。
あるいは、スクエニ版で感情的に印象に残った場面を、小学館版で事件の流れから読み直す。
そんな読み方をすると、最初は見落としていた事情に気づくかもしれません。
ただ、同じ出来事を描いた二作品だからこそ、どの情報が強調され、どの感情に自分が反応したのかを比べられるのです。
僕は、二種類の漫画が存在する最大の魅力は、この読み直しの体験にあると考えています。
今後も二種類の漫画はそれぞれの魅力を保てるのか
2026年現在、二種類のコミカライズはいずれも巻数を重ねています。
スクエニ版は17巻、小学館版は22巻まで刊行され、原作小説の異なる位置まで物語が進んでいます。
両作品は同じ原作を扱っているため、今後も共通する人物や出来事が登場していくと考えられます。
ただし、連載の進行速度や各場面の構成が同じになるとは限りません。
それぞれの漫画が、どの場面を詳しく描き、どの部分を簡潔にまとめるのか。
その違いは、今後さらに重要になる可能性があります。
とくに物語が進むにつれて、後宮の外側にある政治や人間関係も複雑になっていきます。
事件そのものの規模が大きくなれば、人物の感情と推理のどちらを重視するかによって、読者の印象が変わる場面も増えるでしょう。
もちろん、両作品の制作方針について、今後の展開を断定することはできません。
それでも、僕は二種類の漫画がそれぞれの表現を続けていくことに意味があると思っています。
同じ作品を何度も読む理由は、単に好きだからというだけではありません。
一度目には気づかなかったことが、二度目には見える。
別の描き方に触れることで、最初に読んだ場面の意味まで変わって感じられる。
『薬屋のひとりごと』の二種類の漫画は、そうした読書の楽しさを教えてくれる存在なのかもしれません。
まとめ|『薬屋のひとりごと』の漫画が二種類ある理由と選び方
『薬屋のひとりごと』の漫画が二種類存在するのは、同じ原作小説をスクウェア・エニックスと小学館がそれぞれコミカライズしているためです。
ただし、なぜ二社で並行して漫画化することになったのか、その正式な企画理由は明確に公表されていません。
二作品の特徴を整理すると、スクエニ版はねこクラゲさんの華やかな作画と人物の感情表現が魅力で、小学館版は倉田三ノ路さんによる軽快な物語運びと謎解きの読みやすさが特徴です。
2026年10月11日時点ではスクエニ版が17巻、小学館版が22巻まで刊行され、小学館版のほうが原作小説の先の展開を描いています。
選ぶ基準は、読者が何を楽しみたいかです。
猫猫と壬氏の関係をじっくり追いかけたいならスクエニ版。後宮で起こる事件や猫猫の推理をテンポよく楽しみたいなら小学館版が向いているでしょう。
どちらか一方を読めば物語を楽しめますし、両方を読み比べれば同じ事件の新しい側面を発見できるかもしれません。
僕は、同じ原作を二人の漫画家が描いていることを、単なる出版上の珍しさとして片づけたくありません。
人物の感情をどこまで描くのか。沈黙にどんな意味を持たせるのか。事件の真相と、その裏に隠れた心の動きをどう伝えるのか。
その選択によって、物語の見え方は変わります。
猫猫が見ている世界と、壬氏が見ている世界が必ずしも同じではないように、読者が二種類の漫画から受け取る世界も少しずつ異なるのでしょう。
どちらが正解なのかを決める必要はありません。
あなたがどちらの猫猫に心を動かされるのか。その違いを見つけること自体が、『薬屋のひとりごと』を楽しむ新しい入り口になるはずです。
よくある質問
『薬屋のひとりごと』の漫画が二種類あるのはなぜですか?
日向夏さんの原作小説を、スクウェア・エニックスと小学館がそれぞれ漫画化しているためです。
どちらも公式のコミカライズですが、二種類が制作された正式な企画理由については明確に公表されていません。
『薬屋のひとりごと』の漫画はどっちが本物ですか?
どちらも正規の漫画作品です。
スクエニ版は『薬屋のひとりごと』、小学館版は『薬屋のひとりごと〜猫猫の後宮謎解き手帳〜』というタイトルで刊行されています。
続編と外伝の関係ではなく、同じ原作を別々の作画担当者が漫画化しています。
『薬屋のひとりごと』は漫画の二種類を両方読む必要がありますか?
両方を読む必要はありません。
どちらも原作小説をもとにした物語なので、片方だけでも基本的なストーリーを楽しめます。
ただし、絵柄や演出、人物描写の違いを楽しみたい場合には、同じ場面を読み比べるのも一つの方法です。
『薬屋のひとりごと』の漫画はどちらが先まで進んでいますか?
2026年10月11日時点では、小学館版のほうが原作小説の先の内容まで漫画化しています。
既刊数はスクエニ版が17巻、小学館版が22巻です。ただし、二作品は巻ごとの構成や進行速度が異なるため、巻数の差がそのまま物語の進行度の差になるわけではありません。
相沢 透(あいざわ・とおる)
物語の深淵を覗く考察ブロガー/アニメ・漫画フリーク
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