『ふつつかな悪女』のアニメ主題歌は、OPがmilet「Sunny」、EDがロクデナシ「ホウキボシ」です。
とくにED「ホウキボシ」はEveが作詞・作曲を担当し、朱慧月の葛藤を軸に書き下ろされた楽曲。OPとEDで、玲琳と慧月という二人の少女を異なる角度から照らす構成になっています。TVアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』公式サイト+1
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『ふつつかな悪女』アニメ主題歌・EDは誰が歌っている?
TVアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』で使用されている主題歌は、オープニングとエンディングで次の2曲です。
区分 楽曲 担当アーティスト 補足
オープニングテーマ 「Sunny」 milet アニメのために書き下ろされた新曲
エンディングテーマ 「ホウキボシ」 ロクデナシ Eveが作詞・作曲を担当
アニメは2026年7月12日23時45分からテレ東系列で放送開始。原作は中村颯希さんによる小説で、次期妃候補の姫君たちが暮らす「雛宮」を舞台に、黄玲琳と朱慧月の身体が入れ替わるところから物語が動き始めます。ソニーミュージック
黄玲琳を演じるのは石見舞菜香さん、朱慧月を演じるのは川井田夏海さんです。
周囲から「殿下の胡蝶」と呼ばれ愛されてきた玲琳と、悪女として疎まれてきた慧月。本作は、このあまりにも正反対な二人が互いの身体で生きることによって、それまで見えなかった世界を知っていく物語でもあります。
だからこそ、主題歌も単なる「華やかな後宮アニメのテーマ曲」にはなっていません。
OP「Sunny」は二人を包むように物語全体を見渡し、一方のED「ホウキボシ」は、とくに慧月の内側へ深く潜っていく。
この視点の違いを知ってから聴くと、OPとEDがまるで一組の楽曲のように感じられてくるんです。
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オープニング主題歌はmilet「Sunny」
『ふつつかな悪女』のアニメOP主題歌は、miletさんの「Sunny」です。
2026年6月9日に起用が発表され、同日に公開された本予告映像で楽曲の音源も初解禁されました。楽曲はアニメ初回放送日と同じ2026年7月12日0時から配信されています。ソニーミュージック
さらに「Sunny」は、miletさんにとって初めて担当するTVアニメのオープニングテーマでもあります。
miletさんは思春期をカナダで過ごし、2019年にToruさん(ONE OK ROCK)プロデュースの「inside you」でメジャーデビューしたシンガーソングライターです。
1stアルバム「eyes」はオリコン1位を記録。東京2020オリンピック閉会式での歌唱や、『葬送のフリーレン』のテーマ曲を担当したことでも広く知られています。
そのmiletさんが『ふつつかな悪女』のために書き下ろしたのが「Sunny」でした。
miletさんは楽曲について、相手になってその人が見ている世界を見てみたい――という思いを自身も抱いたことがあると語っています。
そして、玲琳と慧月が入れ替わったからこそ見える景色があり、そこへ「Sunny」という曲を通して飛び込めることへの喜びをコメントしています。ソニーミュージック
ここが、この曲を理解するうえでかなり重要だと思います。
『ふつつかな悪女』の入れ替わりは、単なるコメディ装置ではありません。
「もし自分があなたとして生きたなら、あなたが苦しんでいた理由まで理解できるのか」という、かなり切実な問いを抱えています。
玲琳は美しく聡明で、周囲から愛される存在です。
対する慧月は疎まれ、孤独の中にいました。
外側から眺めれば、あまりにも不公平な二人の人生です。
けれど身体が入れ替わることで、玲琳は慧月の身体で生き、慧月は玲琳の身体で生きることになる。
「あなたになってみたい」という願いが、本作では比喩ではなく現実になってしまうわけです。
……この設定に「Sunny」を重ねたmiletさんのコメント、かなり本質を突いていると思うんですよね。

「Sunny」というタイトルが玲琳だけを表しているとは限らない
「Sunny」という言葉から最初に連想するのは、明るさや陽光でしょう。
そう考えると、病弱でありながら驚くほど前向きで、あばら家へ追放されても自由な暮らしを楽しんでしまう玲琳の姿には確かによく似合います。
普通なら絶望する場面でも、健康な身体を手に入れたことを喜ぶ。
命を狙われても、持ち前の明るさと優しさで周囲を変えていく。
玲琳という人間には、曇った場所へ光を持ち込んでしまうような強さがあります。
ただ、僕は「Sunny」を玲琳だけの歌だとは思っていません。
miletさん自身がコメントの中で焦点を当てているのは、「二人だから見える世界」です。
つまり太陽の光は、一人だけを照らしているのではない。
玲琳が慧月の世界を知り、慧月が玲琳という人間を知っていく。その過程そのものに光が差していく曲なのではないでしょうか。
誰かの人生は、外側から見ているだけでは分からない。
きれいに見える人にも痛みがあり、棘だらけに見える人にも、そうならざるを得なかった理由がある。
入れ替わることで初めて、その輪郭が見える。
「Sunny」という明るいタイトルの奥に、そんな静かな願いまで感じてしまいます。
なお「Sunny」は、2026年8月19日発売のmiletさんの4thオリジナルアルバム『Made of Glass』にも収録されています。ソニーミュージック+1
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『ふつつかな悪女』アニメEDはロクデナシ「ホウキボシ」
『ふつつかな悪女』のアニメEDテーマは、ロクデナシの「ホウキボシ」です。
ロクデナシは、ボーカリスト「にんじん」さんと複数のコンポーザーによって楽曲を制作する音楽プロジェクト。2021年6月に始動し、MIMIさんやナユタン星人さんなど、作品ごとに異なるクリエイターを迎えながら楽曲を発表しています。TVアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』公式サイト
「ホウキボシ」では、Eveさんが作詞・作曲を担当しました。
「廻廻奇譚」などでも知られるEveさんが楽曲そのものを書き、ロクデナシのにんじんさんが歌うという組み合わせです。
2026年6月28日に公開された放送直前PVで音源が初公開され、「ホウキボシ」は7月15日に配信リリースされました。Real Sound|リアルサウンド
ロクデナシ側のコメントでは、この曲について明確に「朱慧月」の葛藤や心情を表現したものだと説明されています。
それでも夢を見失わず、前へ進もうとする姿を描いた曲だというのです。
OP「Sunny」が玲琳と慧月という「二人」の視点を意識しているのに対し、EDでは慧月という一人の少女へ焦点がぐっと寄っている。
この構成が、本当にうまい。
玲琳は物語の主人公として見ているだけでも、その強さや魅力が伝わりやすい人物です。
でも慧月は違います。
慧月の行動だけを切り取れば、玲琳を妬み、身体を入れ替えるという、とても肯定しにくいことをしています。
だからこそEDは、彼女を正当化するのではなく、「なぜそこまで追い詰められていたのか」という心の奥へカメラを向けているように思えるんです。
悪女だから悪い。
嫉妬したから敵。
そんな一行では終わらせない。
ここに『ふつつかな悪女』という作品の優しさがあります。

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ED映像「ホウキボシ」は玲琳と慧月の何を描いている?
ノンクレジットEDムービーは、2026年7月19日の第2話終了時刻に公開されました。
映像は「殿下の胡蝶」と呼ばれる玲琳を象徴する蝶が舞う場面から始まり、慧月との運命の入れ替わりへとつながっていきます。WEBザテレビジョン
そこから示されるのは、入れ替わる以前の二人が置かれていた対照的な境遇です。
周囲から愛されて育った玲琳。
周囲から疎まれ、孤独の中で生きてきた慧月。
そして夜空を流れ星が駆け抜け、身体が入れ替わったことをきっかけに少しずつ変化していく二人の関係が描かれていきます。WEBザテレビジョン
タイトルが「ホウキボシ」である以上、この流れ星のモチーフは作品そのものとも強く結びついています。
そもそも玲琳と慧月の身体が入れ替わったのは、ほうき星が輝く乞巧節の夜でした。
つまり「ホウキボシ」は、ただ夜空を彩る美しいものではありません。
二人の人生を壊し、同時に二人の人生を変えるきっかけになった存在です。
綺麗な星空に見えるのに、その光の下では一人の少女がもう一人の少女になろうとしていた。
考えるほど、かなり苦いモチーフなんですよね。
EDは単なる「二人の友情」を描いているわけではない
ここからは僕の解釈です。
ED映像だけを見ると、正反対だった玲琳と慧月が、入れ替わりを経て互いを理解していく美しい物語にも見えます。
でも、僕にはどうしても、それだけには見えません。
なぜならEDは、二人をすぐ同じ場所へ立たせていないからです。
蝶によって玲琳という存在を示し、その後に入れ替わりを描き、さらに「愛されてきた玲琳」と「孤独だった慧月」という対照的な時間をわざわざ挟んでいる。WEBザテレビジョン
この順番には意味があるように思います。
慧月が本当に欲しかったのは、玲琳の身体だけだったのでしょうか。
おそらく、それほど単純ではない。
欲しかったのは、玲琳の身体を包んでいた視線だったのではないでしょうか。
誰かに気遣われること。
誰かに名前を呼ばれること。
そこにいていいと認めてもらえること。
玲琳という人間そのものへの嫉妬の奥には、「自分もああいうふうに愛されたかった」という願いがあったのではないか。
そう考えると、入れ替わりという行為は恐ろしいほど切ないものになります。
慧月は玲琳を消したかったというより、自分を消して玲琳になろうとした。
嫌いだから奪ったはずなのに、その実態は「あの人のようになりたい」という執着に限りなく近い。
嫌悪と憧れが同じ場所から生えているんです。
……それ、しんどすぎるんですよ。
「あなたなんて嫌い」と言いながら、その相手が持っているものを誰より欲しがっている。
目を背けたいほど眩しいから、憎むしかない。
でも本当は、その光の中へ自分も入りたかった。
そんな慧月の矛盾した感情を、「ホウキボシ」は彼女を裁くのではなく、少し離れた場所から見守っているように感じます。
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OP「Sunny」とED「ホウキボシ」は対になる曲なのか
OPとEDを並べて考えると、『ふつつかな悪女』の主題歌には興味深い構造が見えてきます。
これは公式に「対になる楽曲」と説明されているわけではありません。ここからはあくまで筆者としての考察です。
OPのタイトルは「Sunny」。
EDのタイトルは「ホウキボシ」。
片方には陽光を思わせる言葉があり、もう片方には夜空を走る星があります。
そしてOPでmiletさんが語っているのは「二人だから見える世界」。
一方、EDについてロクデナシは、慧月が抱える葛藤や心情を表現した楽曲だと明言しています。ソニーミュージック+1
つまり僕には、OPが「入れ替わった二人がこれから見る世界」を歌い、EDが「そこへ至るまでの慧月の孤独」を拾い上げているように思えるんです。
前へ進む曲と、過去を振り返る曲。
外の世界へ開いていく視点と、一人の少女の内側へ沈んでいく視点。
だから本編を挟んで「Sunny」から「ホウキボシ」へ移ると、一話の意味まで少し変わって見える。
玲琳の快活さに笑ったあと、EDで慧月の孤独を突きつけられる。
「ああ、この物語には、笑っている側からは見えない世界があるんだ」と気づかされるわけです。
「明るい玲琳」と「暗い慧月」だけでは終わらない
ここも大切だと思います。
一見すれば、玲琳は光、慧月は影です。
玲琳は愛され、慧月は嫌われている。
玲琳は前向きで、慧月は嫉妬に囚われる。
しかし物語が進むほど、その単純な図式は崩れていきます。
玲琳は病弱な身体で、幼い頃から死を身近に感じながら生きてきました。
彼女の明るさは、何も知らない人間の無邪気さではありません。
失うことを知っているからこそ、生きている今日を喜ぶ。
そう考えると、「Sunny」という光も急に違って見えます。
玲琳は最初から太陽だったわけではなく、暗さを知っているから光を選び続けられる人なのかもしれない。
逆に慧月も、ただ暗いだけではありません。
ロクデナシが「ホウキボシ」の説明で示しているのは、葛藤を抱えながらも「夢を見失わず進み続けようとする姿」です。TVアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』公式サイト
夜空に現れるほうき星には、ちゃんと光がある。
これが偶然だとしても、あまりにも本作らしい組み合わせだと思います。
二人とも光と影を持っている。
ただ最初は、それぞれ自分の影しか知らなかった。
入れ替わることで、相手の影を知る。
その結果、自分自身の光の意味まで変わっていく。
僕が『ふつつかな悪女』のOPとEDを好きなのは、楽曲そのもの以上に、この物語構造との噛み合い方なんです。
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「ホウキボシ」でEveとロクデナシが組んだ意味
ED「ホウキボシ」は、ロクデナシが歌い、Eveさんが作詞・作曲を担当しています。
この役割分担も注目したいところです。
ロクデナシは、ボーカリストのにんじんさんを中心に、楽曲ごとに異なるコンポーザーと組みながら、「生きづらさ」や「孤独」に寄り添う音楽を届けてきたプロジェクトです。TVアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』公式サイト
そのロクデナシが、慧月という人物を中心に据える。
かなり相性のいい組み合わせだと思います。
Eveさんも公式コメントで、にんじんさんが歌詞を深く受け取り、「息遣いひとつ」にまで感情を乗せて歌ったことに触れています。
ここで重要なのは、大げさな悲劇として歌うのではなく、慧月の内面へ寄り添う方向で楽曲が作られている点でしょう。
慧月には、簡単に「かわいそう」と言ってしまえない危うさがあります。
彼女がしたことまで無かったことにはできない。
だからといって「悪女だから」で切り捨ててしまえば、この作品が描こうとしているものも消えてしまいます。
優しくすることと、行為を肯定することは違う。
理解することと、許すことも違う。
そのぎりぎりの場所に立って慧月を見ることが、『ふつつかな悪女』では必要になる。
ロクデナシというプロジェクトが得意としてきた「孤独への寄り添い」と、Eveさんが描いた慧月の感情が重なることで、その曖昧で簡単に名前を付けられない場所が音楽になっているのではないでしょうか。
『ふつつかな悪女』主題歌から見える玲琳と慧月の本当の関係
ここまでOPとEDを追ってくると、この作品が描いているのは単純な「敵同士が仲良くなる話」ではないことが見えてきます。
綺麗な相互理解の物語に見えますが、そこへ至る出発点はかなり痛々しいものです。
慧月は玲琳を妬んでいました。
玲琳が持つ容姿、立場、周囲からの愛情。
それらすべてが、慧月には自分の人生に欠けているものとして映っていたのでしょう。
だから入れ替わった。
表面的には、玲琳から人生を奪おうとした行為です。
でも、その後に玲琳自身の人柄へ触れることで慧月の心が揺れていく。
ここが残酷なんですよね。
自分が憎んできた相手が、本当に嫌な人間だったなら楽だった。
「やっぱり奪って正解だった」と思えたかもしれない。
でも、玲琳はそうではなかった。
自分が憎み続けてきた相手から優しさを向けられてしまう。
その瞬間、慧月は「玲琳に負けた」のではありません。
自分が玲琳を憎むことで必死に守っていた世界そのものが崩れていく。
「私は愛されなかった。だから愛されているあの人が悪い」
そう思うことで耐えていたのだとすれば、玲琳の優しさを知ることは救いであると同時に、逃げ場所を失うことでもあります。
だから「ホウキボシ」が慧月の葛藤を扱ったという事実が、僕にはかなり重く響きます。
ただの優しい歌に聞こえるかもしれません。
でも本当に描かれているのは、「嫌いだった相手を嫌い続けられなくなる苦しさ」なのではないでしょうか。
憎しみが消えれば、それで全部解決するわけじゃない。
むしろその後には、「では私は何を恨んで生きればよかったのか」という空白が残る。
そこからもう一度、自分自身として生き直さなければならない。
だから公式コメントにある「夢を見失わず進み続けようとする」という言葉が効いてきます。
玲琳になるのではなく。
玲琳から何かを奪うのでもなく。
慧月が、慧月自身として進めるようになること。
たぶん「ホウキボシ」が照らそうとしているのは、そこなのではないでしょうか。
もう、そこまで考えると慧月を単純な「悪女」として見ることができなくなるんですよね。
もちろん彼女の行動が正しかったわけではない。
けれど、あれほど歪んだ方法でしか「誰かに愛される自分」を想像できなかった少女が、いつか自分の名前のまま誰かと向き合えたなら。
どうか、そのときだけは幸せであってほしい。
僕はそう思ってしまいます。
まとめ|『ふつつかな悪女』OPとEDは二人の心を別方向から照らす
『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』のアニメ主題歌は、OPがmiletさんの「Sunny」、EDがロクデナシの「ホウキボシ」です。
「Sunny」はmiletさんが書き下ろした楽曲で、2026年7月12日に配信開始。玲琳と慧月の入れ替わりを通して生まれる「二人だからこそ見える世界」が、制作コメントでも大切なテーマとして語られています。ソニーミュージック
一方の「ホウキボシ」はロクデナシが担当し、Eveさんが作詞・作曲。朱慧月の葛藤と、それでも夢を見失わず前へ進もうとする姿に焦点を当てた楽曲です。TVアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』公式サイト
ノンクレジットED映像でも、玲琳を象徴する蝶、二人の対照的な境遇、そして夜空を横切る流れ星を通して、入れ替わりから変化していく二人の関係が描かれています。WEBザテレビジョン
僕には、OP「Sunny」が二人のこれからを照らす曲で、ED「ホウキボシ」が慧月のこれまでを抱きしめる曲のように聞こえます。
陽の光と、夜空を走る星。
正反対に見える二つの光が、一つの物語の両端から玲琳と慧月を照らしている。
主題歌まで含めて眺めると、『ふつつかな悪女』という作品が「入れ替わった二人」の物語ではなく、「相手の人生を知ったことで、自分自身の生き方まで変わってしまった二人」の物語なのだと、より鮮明に見えてくる気がします。
📚 アニメの続き、気になったまま止まっていませんか
「この先どうなるかは分かっているつもりだけど、
細かいところまでは知らないまま」そう感じた作品ほど、原作を読むと印象が変わることがあります。
とくにブックライブの初回特典は、原作に手を出すか迷っている層にかなり寄せた設計です。
- ・初回ログイン時に 最大70%OFFクーポン が配布される
- ・試し読みが多く、合わなければ買わない判断がしやすい
- ・PayPay、LINE Payなど普段使いの決済に対応
- ・まとめ買い前提でも本棚管理がしやすい
「原作は高いから後回し」という理由は、少なくとも初回では成立しにくい条件です。
💡 原作を読むと、アニメで分からなかった理由が見えてくる
アニメは分かりやすさとテンポを優先します。
その結果、次の要素は削られがちです。
- ・キャラクターの判断に至るまでの思考過程
- ・後半展開につながる伏線や説明
- ・感情表現の行間や余白
「あの行動、そういう意味だったのか」と後から腑に落ちる体験は、
原作を読んで初めて得られることが多いです。とくに完結済み、もしくは終盤に入っている作品ほど、
先に原作で全体像を把握したほうが満足度が高くなる傾向があります。
📣 よくある利用者の反応
- 「割引が大きく、迷っていた巻まで一気に買えた」
- 「アニメだけでは理解できなかった部分が整理できた」
- 「電子書籍でも続刊管理が意外と快適だった」
⚠️ 最大70%OFFクーポンは初回登録時のみ配布されます
迷っている間に失効するタイプの特典なので、
「いつか読むつもり」の作品があるなら、先に確保しておくほうが無難です。
よくある質問
『ふつつかな悪女』アニメのオープニング主題歌は?
オープニング主題歌はmiletさんの「Sunny」です。
『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』のために書き下ろされた新曲で、2026年7月12日から配信されています。miletさんにとって初のTVアニメオープニングテーマとなりました。
『ふつつかな悪女』アニメのEDは誰が歌っている?
エンディングテーマ「ホウキボシ」を歌っているのは、ボーカリスト・にんじんさんを中心とする音楽プロジェクト「ロクデナシ」です。
作詞・作曲はEveさんが担当しており、朱慧月の葛藤や心情、それでも前へ進もうとする姿を意識して制作されています。
ED「ホウキボシ」はどのキャラクターをイメージした曲?
公式コメントでは、主に朱慧月の心情を表現した楽曲であることが明かされています。
ED映像では玲琳と慧月の対照的な境遇や入れ替わり、そこから変化していく二人の関係も描かれているため、慧月を起点にしながら作品全体のテーマへつながっていく一曲と見ることができます。
文:相沢 透


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