映画『カラオケ行こ！』昭和レトロなスナックが舞台に！登場シーンの演出と“懐かしさ”が刺さる理由

なんでこんなに心に残るんだろう──映画『カラオケ行こ！』を観たあと、ふと浮かんだ問いでした。

ヤクザと中学生の奇妙な交流を描いたこの物語は、どこか懐かしく、でも新しい空気をまとっていて……とりわけ“スナック”という舞台が、そんな魅力を際立たせていたように感じます。

昭和の匂いが立ちのぼるネオンサイン、色褪せた看板、そしてちょっと寂れた街角。その全部が、キャラクターの感情と絶妙にシンクロしている。だからこそ、舞台となったスナック「カツ子」や南銀座の通りが話題になっているのも納得です。

本記事では、実写映画『カラオケ行こ！』の世界観を支える“昭和レトロな舞台演出”と“登場シーンの感情表現”に迫りつつ、なぜこれほど多くの人の記憶に残るのかを読み解いていきます。

映画『カラオケ行こ！』基本情報と作品概要

原作：和山やまの独特な世界観と人気の広がり

映画『カラオケ行こ！』の原作は、漫画家・和山やまによる同名の短編作品。もともとは2019年に同人誌として発表された作品でしたが、2020年にはKADOKAWAから単行本として商業出版され、大きな反響を呼びました。物語の主軸は、ヤクザの成田狂児と中学生の岡聡実が“カラオケ”を通じて不思議な関係を築いていくというもの。あまりにも異質な二人が出会うことで、何気ない日常がぐっとドラマチックに揺れ動く──そんなストーリーテリングが、読者の心に深く刺さったのです。

和山やま作品特有の“間”と“余白”、そして感情の機微を描く手腕は、『カラオケ行こ！』でも遺憾なく発揮されています。作中では派手な事件は起こらず、ただ“歌う”という行為と、“その場の空気”が物語の主役になっていく。その静かな緊張感とユーモアが、読後にじわりと効いてくるんです。実際、SNSやレビューサイトでも「何回でも読み返したくなる」「セリフの行間に情がある」といった感想が数多く投稿されています。

続編として2020年には『ファミレス行こ。』もスタート。こちらでは『カラオケ行こ！』の後日譚が描かれ、岡聡実の成長や人間関係の変化に触れられる構成になっています。ファンにとっては、キャラクターたちの“その後”が補完される貴重な一冊。つまり原作を読むことで、映画では描かれない細やかな感情や伏線を先取りすることができる──それが、この作品を“原作から追うべき理由”のひとつだと思います。

私自身、最初に『カラオケ行こ！』を読んだとき、驚くほど情報量の少ないコマ割りのなかに“気まずさ”や“とまどい”が濃密に詰まっていることに驚かされました。派手な展開があるわけではないのに、読後に何かが確かに変わっている。これは、“読み手の感情を信じてくれている漫画”だと感じました。

だからこそ、映画だけで完結させてしまうのは少しもったいない。原作にしかない“セリフの行間の余韻”や、登場人物のちょっとした目線の変化を、ぜひその目で感じ取ってほしい。原作未読の方も、映画の世界に引き込まれたなら、次はぜひコミックのページをめくってみてください。

実写映画版の公開日・キャスト・スタッフ情報

映画『カラオケ行こ！』は、2024年1月に全国公開されました。監督は『リンダリンダリンダ』『マイ・バック・ページ』などで知られる山下敦弘。脚本には『逃げるは恥だが役に立つ』の野木亜紀子が参加し、静かな中に情緒が染み込むような人間ドラマを丁寧に描き出しています。主演の綾野剛さんは、ヤクザの成田狂児役を熱演。その対となる中学生・岡聡実を演じたのは、オーディションで抜擢された新星・齋藤潤くんです。

このキャスティング、絶妙でした。綾野剛さんの鋭さと儚さが同居する佇まいが、狂児の“どうしようもなさ”と“人間らしさ”を見事に体現していて。対する齋藤潤くんの瑞々しい存在感も、聡実というキャラクターの心の揺れをすっと映し出してくれた。互いに引っ張り合うような芝居が、観ているこちらの呼吸まで巻き込んでくるんです。

舞台は大阪という設定ですが、実際の撮影は山梨・甲府市や千葉・神奈川など、昭和の香りが色濃く残る街で行われました。特に注目を集めたのが“スナックカツ子”や“南銀座”のシーン。このあたりの昭和レトロな街並みと、作品の空気感が完璧にフィットしていることが、映画全体の印象を決定づけています。

この映画は、「カラオケ」というシンプルな行為を軸にしながら、人と人との間にある“どうしても言葉にできない何か”を、映像で語り切った作品だと思います。その意味でも、演出面・配役・撮影場所の選定におけるこだわりは必見です。

2025年にはTVアニメ版の放送も予定されていますが、まずはこの映画版を“出発点”として味わってほしい。そして、できればその先にある原作漫画や続編『ファミレス行こ。』にも、静かに足を踏み入れてみてください。きっと、キャラたちの声がもっと深く聴こえてくるはずです。

舞台設定の妙──“スナック”が物語の核になる理由

「スナックカツ子」はどこ？舞台裏と実在ロケ地の魅力

映画『カラオケ行こ！』で物語の中心的な舞台として登場する「スナックカツ子」。ここは、成田狂児と岡聡実がカラオケを通じて関係性を築いていく、いわば“人間ドラマの交差点”です。実際の撮影地は、大阪設定とは異なり、山梨県甲府市にある「ラウンジはる美」という店舗。この実在のロケ地が、昭和の空気感をそのまま映し出していると話題を集めました。

外観はくすんだレンガ造りにネオン看板、入り口のビニールカーテン。店内には古びたソファとビーズの暖簾、壁には色褪せた演歌歌手のポスター──そんなディテールの一つひとつが、どこか懐かしく、胸に沁みる空間を生み出していました。作り込まれた“セット”ではなく、“ありのままの昭和”が残る場所で撮影されたからこそ、このリアルさが物語に奥行きを与えているのです。

筆者として特に感じたのは、「このスナックに来たことがある気がする」という既視感。それは実際に訪れたことがあるかどうかではなく、日本人の記憶のどこかに沈んでいる、親戚のおじさんや家族が飲みに行っていたような“原風景”のようなものかもしれません。だからこそ、岡くんの緊張や狂児の居心地の悪さが、観ているこちらにもじんわり伝わってくる。

ちなみに、撮影に使われた“南銀座商店街”も同じく甲府市中央にある実在のエリアで、アーチ型の看板や細い路地、店先に並ぶ昭和風のアイテム群が、まるで時間が止まっているかのような空間を作り出していました。つまりこの映画では、単なる“撮影用の場所”としてスナックがあるのではなく、感情が流れる“容器”として舞台が選ばれているんです。

この実在ロケ地を知ることで、作品への没入感は一層深まります。映画を観た後に実際の“スナックカツ子”を訪れれば、きっとスクリーンの中の登場人物と同じ視点で街を歩くことができるはず。聖地巡礼という言葉では足りない、“記憶の旅”が始まる予感がします。

昭和レトロ演出がキャラクターの心情とリンクする瞬間

『カラオケ行こ！』がここまで心に残るのは、物語の内容だけでなく、その舞台がキャラクターの感情と見事に呼応しているからです。とりわけ、昭和の面影を色濃く残すスナックの演出が、登場人物たちの“言葉にならない気持ち”を静かに浮かび上がらせていました。

たとえば、成田狂児がスナックでカラオケを練習する場面。歌う姿は滑稽にも見えるけれど、そこに漂う孤独感が、ネオンの揺れる光と相まって哀愁を帯びていく。彼の「何かになりたいけど、何者にもなれなかった」感覚が、昭和という時代の“片隅”でじっと咲いている花のような存在感で描かれるのです。

岡聡実にしても、学校という閉じた世界とはまったく違う価値観を持つ大人と出会い、自分の“まだ言葉にならない感情”と向き合っていく。その舞台が“平成や令和のきらびやかな空間”だったら、きっとこの心の対話は成立しなかったと思います。昭和のスナックという閉ざされた空間だからこそ、心の距離がじわじわと近づいていくんです。

さらに、スナックの“音の演出”も絶妙でした。BGMとして流れる昭和歌謡、壁越しに聞こえる誰かの下手なカラオケ、グラスの氷がぶつかる音……そうした音響が、登場人物の内面を繊細に補完していました。カラオケという場面に“感情の伴奏”を加えていたのは、実はこのスナックそのものだったのかもしれません。

だからこの作品では、「スナックが舞台です」と一言で済ませるのはもったいない。むしろ、スナックが“もう一人の登場人物”として機能しているのだと、私は感じています。その存在が、キャラクターの心の“深いところ”を掘り起こしていく──そんな構造的演出が、この映画の底力でした。

南銀座・仲見世通り──物語を支えるもう一つの主役たち

甲府の歓楽街が映像に映える理由とは？

映画『カラオケ行こ！』において、物語の主要な舞台となった“南銀座”や“仲見世通り”は、実在のロケ地として山梨県甲府市中央に広がる歓楽街が使用されています。大阪を舞台とする設定ながら、撮影場所にはあえて昭和の情緒を色濃く残すこの街が選ばれました。その理由こそ、物語の空気感を支える“もう一人の主役”が必要だったからに他なりません。

甲府の南銀座には、今もなお昔ながらのスナックや居酒屋が軒を連ね、ネオンサインが静かに灯る夜の景色が広がっています。アーチ型の商店街の看板、手書きの飲み屋看板、そして細い路地の入り組み方──すべてが人工物ではなく“本物”であることが、映像に特有の深みと体温を与えていました。

撮影に使われたのは「中央4丁目」エリアで、ここでは撮影当時のままの風景が今も残っており、まさに“聖地巡礼”が可能な場所としてファンの間で人気を博しています。たとえば、狂児が岡を連れて歩いた飲み屋街のカットや、昭和の残り香がする建物の陰で交わされる何気ない会話。どれもが、“そこにしかない空気”で彩られていたのが印象的です。

筆者としても、このロケ地がただの背景で終わっていないことに強く惹かれました。それは、どのシーンも“撮るべくして撮られた場所”だと感じられるから。カラオケのシーンがあれほどまでに切なく、どこか滑稽で、なのに胸に残るのは、狂児と聡実の佇む“場の説得力”が圧倒的だったからでしょう。

実写化においてよく言われる「舞台と人物のズレ」も、この作品には一切なかった。むしろ、甲府の歓楽街という“生活の匂いがする場所”にキャラたちが放り込まれることで、彼らの言動に一層リアリティが生まれていた。つまり、南銀座は単なる背景ではなく、二人の人間関係を静かに映し出す“鏡”のような存在だったのです。

ネオンサインと路地裏の演出が放つノスタルジー

『カラオケ行こ！』の映像美において、特筆すべきなのがネオンサインや路地裏を活かしたライティングと構図の妙です。夜の甲府、特に仲見世通りの映像は、まるで昭和のポスターそのまま──あるいは夢の中に入り込んだような視覚体験をもたらしてくれます。

ネオンサインが一斉に灯るシーンでは、色とりどりの光が建物に反射し、登場人物の表情を淡く照らします。それはまるで“感情を補助する光”のように機能していて、特に狂児がカラオケを終えて外に出る場面では、ネオンの光が彼の孤独を包み込むように描かれていたのが印象的でした。

仲見世通りのような細い路地は、物語に“抜け道”や“裏の顔”を象徴させる舞台でもあります。聡実が迷いながら狂児に付き合っていくあの道のりは、ただの道ではなく、心の迷路のようでもありました。昭和の街並みは、ただノスタルジックであるだけでなく、キャラクターの内面とリンクして揺らぎ続けるんです。

この“揺らぎ”こそが、筆者が本作を語るうえで最も感動したポイントのひとつ。演出の力で、風景が記号ではなく“感情のメタファー”になっている。その技法があるからこそ、画面に映る一枚の風景写真さえも、物語として読み解けるようになっているのです。

つまり『カラオケ行こ！』は、舞台美術の隅々に至るまで“感情の装置”として機能している映画。仲見世通りのネオンひとつ取っても、それは狂児の“過去の記憶”や“逃げ場のない夜”を背負って灯っている光。こんな演出があるからこそ、この作品は“静かに泣ける”のです。

“昭和歌謡”とカラオケ演出の奥深さ

紅を熱唱するヤクザ──狂児の心が溶ける場面

映画『カラオケ行こ！』の中でも屈指の名シーンとされるのが、成田狂児がX JAPANの「紅」を熱唱する場面です。まさかの選曲に思わず笑ってしまうのに、歌声の奥に潜む狂児の感情がにじみ出る──このシーンは、笑いと哀しみが奇跡的なバランスで同居する瞬間でした。

狂児がカラオケに必死になる理由は、上層部の前で披露するための“持ち歌”を仕上げる必要があったから。動機だけ聞けば滑稽に思えるのに、彼の「歌で評価されなきゃいけない」状況そのものが、ある種の社会的“孤立”を象徴しているようで、観ていて胸が締めつけられます。

そして彼が選んだのが、「紅」。熱量と激情のこもったこの楽曲が、ヤクザというキャラクターに見事にフィットしていました。どこか破滅的で、自分でも制御しきれない情熱が爆発するような楽曲。それを不器用に、でも真剣に歌う狂児の姿には、滑稽さと同時に“切実さ”が宿っています。

筆者としてこの場面に痺れたのは、単なる「ネタ的な選曲」に留まっていないから。演出としても、狂児の表情にじわじわと寄っていくカメラワークや、歌声とともに緊張と解放を交互に刻む編集が見事でした。歌うことでしか表現できない“感情の奥”を、この場面で初めて彼は吐き出せた気がします。

そして忘れてはならないのが、岡聡実のリアクションです。年齢も立場も全く違う彼が、その歌声にただ黙って耳を傾ける。この“受け止める姿勢”が、二人の距離を一気に縮めるきっかけになっていた──まさに、カラオケが“心の通訳”として機能した場面でした。

カラオケという行為が“心の会話”に変わる瞬間

『カラオケ行こ！』というタイトルが象徴するように、この作品では“カラオケ”が単なる娯楽ではなく、登場人物たちの感情を伝え合う“対話の装置”として描かれています。それは言葉では届かない距離を、音と声で埋める手段。まさに“心の会話”という言葉がぴったりの描写でした。

狂児は、人付き合いが得意なタイプではありません。むしろ、社会の“外側”で生きてきた人物です。そんな彼が、なぜ歌うことで人とつながろうとするのか──そこには、言葉にできない感情の多層性があると思うんです。言葉で傷ついた過去があるからこそ、歌という“感情のフォーマット”に救いを求めたのではないでしょうか。

一方で、岡聡実もまた、中学生という多感な時期にいて、大人との距離感を測りかねている存在。学校や家庭では見せられない“素の自分”が、スナックのカラオケという“非日常”で解き放たれる。その過程が、カラオケという“儀式”を通してゆっくりと描かれていくのです。

演出的にも、カラオケシーンの音響や照明が細かく計算されており、ただの“歌ってみた”映像には決してなっていません。光が顔を部分的に照らす演出、マイクを握る手元のカット、声の震えと共鳴が織りなす音響設計──それらすべてが、歌う人間の“揺れる心”を表現するための布石でした。

だからこそ、観終わったあとに心に残るのは「いい曲だったね」ではなく、「あの人の“叫び”が聴こえた」という感覚。カラオケという極めて私的な行為を、ここまで普遍的なドラマに昇華させたこの作品は、まさに“歌が物語になる”ことの強さを教えてくれる映画でした。

原作と映画の違い──メディアごとの表現の違いを考察

原作の描写と映画の演出、補完し合う魅力

映画『カラオケ行こ！』は、原作漫画のエッセンスを見事に映像化した作品です。しかし、ただの“忠実な再現”にとどまらず、実写だからこそ可能になった表現、逆に原作にしか描けない情緒もそれぞれに存在します。どちらか一方だけでは語り尽くせない、この二つのメディアの違いを味わうことが、本作の最大の醍醐味かもしれません。

まず、原作では登場人物の“間”がとても重要です。和山やま先生特有の“余白の演出”──セリフがないコマに漂う空気感、登場人物たちの気まずさや距離感が、無言の中で濃密に表現されているんですね。この静けさの中に、むしろ膨大な情報が詰まっている。映画ではそれを演技や表情、間の取り方でしっかり再現しようとしていましたが、原作でしか味わえない“間の読む楽しさ”が確かに存在しています。

一方で映画は、音や照明、空間の演出が可能であることから、“空気の密度”をより五感に訴える形で伝えてきます。例えば、スナックの店内に入ったときの薄暗さ、ネオンの反射、古びたマイクから響くノイズ──それらがキャラクターの感情を増幅させ、読者の想像以上に“情緒の厚み”を可視化してくれていました。

特に印象的だったのは、ラストの演出です。映画版では、狂児が岡に電話をかけるシーンで物語が締めくくられますが、これは原作には存在しない追加要素。にもかかわらず、それが自然に感じられるのは、映画全体で積み重ねられた感情がしっかりと機能していたからだと思います。原作を知っている人にとっては、この“余白の埋め方”がむしろ粋に感じられたのではないでしょうか。

つまり、原作と映画は決して競合する存在ではなく、“補完し合うパズルのピース”。それぞれに描かれる角度が異なるからこそ、両方に触れることで物語が“立体化”する感覚を得られるのです。筆者としては、「原作だけでもいい」「映画だけでも成立する」という声にも理解はありますが、やはり両方に触れたときの“全体像”が、この作品の真の完成形だと思っています。

“読めばもっと刺さる”原作の余白と感情の深み

映画『カラオケ行こ！』に心を動かされた方に、ぜひとも手に取ってほしいのが原作コミックです。映画ではどうしても省略されるセリフやシーン、あるいは“目線の揺れ”や“間”のような感情の機微が、紙の上にはしっかりと息づいています。特に、和山やま先生のセリフ回しは一見淡々としていて、その実、心の深部をひとさじでえぐってくるんです。

たとえば、岡が狂児に投げかける「なんでそんなに歌に必死なんですか？」という問い。そのあとに続く狂児の反応、原作ではたった1コマの静寂ですが、映画ではその“間”を演技と演出で丁寧に描き出しています。しかし原作ではその無音のコマこそが、彼の過去や立場、言葉にならない悔しさや期待をすべて含んでいる──そう思わせてくれる“読む力”がある。

さらに、巻末にはちょっとした“おまけページ”や、作者のコメントが収録されており、そこに描かれる裏話や登場人物への視点がまた深い。これは映画では絶対に触れられない領域です。つまり、原作を読むことで初めて得られる“作品との密接な対話”がある。それを知ってしまうと、もう一度映画が観たくなる。そんな“循環する体験”が、この作品にはあるんです。

また、原作を先に読むことで、映画で追加された演出の“意図”にも気づけるようになります。たとえば、スナックのシーンに置かれたポスターや、岡の目線の動きに隠された微細な心理描写。それらが「これは映画のオリジナルだ」と気づけることで、自分の中の鑑賞体験がアップグレードされていくんですね。

筆者自身、映画を観てから原作に戻り、再び映画を観直しました。すると最初には気づかなかった“心の揺れ”や“言葉の余白”が、立体的に浮かび上がってきたのです。だからこそ言いたい──この作品は、一度きりの体験では終わらせてほしくないと。

原作と映画、それぞれが持つ違いを咀嚼しながら、“感情のレイヤー”を重ねていく。そんな鑑賞体験を、ぜひ味わってみてください。

『カラオケ行こ！』まとめ

“静かな物語”が、ここまで熱く心を揺さぶる理由

『カラオケ行こ！』という作品を一言で表すのは、とても難しい。でも強いて言うなら、“静かな情熱が爆発する物語”だと感じています。大きな事件が起こるわけでもなく、登場人物はただ日常を生きていて、たまたま出会ったヤクザと中学生がカラオケを通じて心を通わせる──その展開だけを聞けば、何かのコメディかと思うかもしれません。

けれど、その“静かさ”の中に詰まっている感情の量は、まるで飽和寸前の水槽のようでした。誰にも言えない孤独、役割を背負わされたプレッシャー、誰かに届いてほしい声、そして届いたときの驚きと喜び。そのすべてが、昭和レトロなスナックの空気や、甲府の路地裏に染み込むネオンの光に託されて、そっと物語の中を流れているんです。

だからこそ、この作品は“観る人の人生によって見え方が変わる”。ある人には「やさしい映画」として、ある人には「寂しい映画」として、ある人には「痛いほど刺さる映画」として届く。これは、和山やま先生の原作が持つ余白と、映画スタッフの丁寧な翻訳があってこそ成し得た、まさに“感情の自由演奏”なんじゃないかと、筆者は感じています。

また、カラオケという行為が持つ“裸の自己表現”が、二人の関係にとって何よりも真実だったという構造も見逃せません。言葉では足りない。でも歌なら言える──そんな刹那的な瞬間を、スクリーンの中の狂児と聡実が、たしかに生きていました。

最初は何気なく観始めたこの作品。でも、観終わったあとには、自分の中にぽっかり空いたスペースに、静かに入り込んできた“誰かの感情”が残っている。『カラオケ行こ！』は、そんなふうにそっと心に灯る、忘れられない“情感の物語”だったのです。

“今このタイミングで読むべき理由”をあえて語るなら

2025年7月にはTVアニメの放送も始まります。脚本は成田良美、制作は動画工房──信頼できる布陣が揃い、映像化としての可能性がさらに広がる予感。しかし、だからこそ、今このタイミングで原作を読んでおく意義はとても大きいと筆者は思っています。

アニメになることで、さらに多くの人がこの物語の魅力に触れることになりますが、原作にしか描かれていない“セリフの呼吸”や“間の哲学”は、やはりページをめくる中でしか味わえないものです。そして、すでに映画を観た方にとっても、原作を読むことで「この表情の意味は、こうだったのか」と気づく瞬間が何度も訪れるはず。

また、舞台となった甲府市南銀座やラウンジはる美といったロケ地の空気感を、より実感するためにも、実写映画との“比較”という視点で原作に触れるのはとても有意義です。聖地巡礼がただの観光ではなく、“物語の追体験”に変わる──その鍵が、原作にはあります。

そして何より、“今読んでおく”ことが、これから始まるアニメ版の視聴体験を何倍にも豊かにしてくれる。すでに物語を知っている優越感、細部に気づける目線、そしてファン同士で語り合える深さ。そうした“準備”をしておくことは、受け取り手としての幸せに直結すると思うんです。

この物語に少しでも心を動かされたなら──ぜひ一度、和山やま先生の原作を手に取ってみてください。そこには、映画やアニメでは届かない、静かな熱が流れています。