『さよならララ』は全編セル画ではなく、オープニング映像の一部カットだけを実際のセル画で制作しています。
2026年7月13日に公開されたオープニングでは、大津茉里が振り返る冒頭の場面と、後半に映るララの横顔にセル画が使われました。この記事では、「セル」とは何を意味するのか、デジタル制作との違い、セル画が作品の印象に与える効果を詳しく解説します。
\アニメの“その後”は原作でしか読めません/
原作を読む
『さよならララ』はセル画で制作されている?
結論から言うと、TVアニメ『さよならララ』のすべてがセル画で制作されているわけではありません。
公式にセル画の使用が発表されているのは、いきものがかりが歌うオープニングテーマ「さよならララ」に合わせて流れるオープニング映像の一部です。
オープニング映像は、2026年7月13日午前1時に公開されました。映像の冒頭でこちらを振り返る大津茉里と、後半に登場するララの横顔が、伝統的なセル画の技法で制作されています。
一般的なデジタル作画で制作した映像の中へ、実際に絵の具で彩色したセル画を差し込む構成です。そのため、「昔のアニメと同じ方法ですべての場面を撮影している」という意味ではありません。
検索すると「『さよならララ』はセルアニメなのか」「本編もすべてセル画なのか」と気になる人も多いでしょう。しかし、現時点で公式に明言されている範囲では、実物のセル画が使用されたのはオープニングの限られたカットです。
本編全体については、現代的なデジタル制作を基本としながら、線や色彩、撮影処理によって懐かしいセル画のような温度を感じさせる映像が作られています。
ここは少しややこしいところです。「セル画を使用した映像」と「セル画風に見えるデジタル映像」は、似ているようで制作方法が異なります。
『さよならララ』のオープニングは、その二つを意図的に同居させました。新しい映像の中へ古い制作技法の手触りを残すことで、作品が描く「200年前と現代のつながり」を映像そのもので表現しているのです。
セル画が使われた『さよならララ』とはどんなアニメ?
『さよならララ』は、アニメーション制作会社キネマシトラスの設立15周年を記念して制作されたオリジナルTVアニメーションです。
キネマシトラスは、『メイドインアビス』『わたしの幸せな結婚』『盾の勇者の成り上がり』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などを手掛けてきました。
本作の原作表記は「キネマシトラス」であり、先に刊行された漫画や小説を映像化した作品ではありません。アンデルセンの童話『人魚姫』を題材にしながら、現代の滋賀県を舞台に新しい物語を描くオリジナル作品です。
主人公のララは、かつて人間の王子に恋をした人魚のプリンセスでした。魔女グレイスから与えられた薬で人間の姿になりますが、本当の愛を見つけられず、泡となって海へ消えてしまいます。
それから約200年後、ララは海ではなく滋賀県の琵琶湖によみがえります。今度こそ本当の愛を見つけるため、大津茉里やその家族、ルカをはじめとする現代の人々と関わっていく物語です。
ララ役は菱川花菜さん、大津茉里役は川石奈奈さん、グレイス役は深見梨加さん、ルカ役は村瀬歩さんが担当しています。
監督は滋賀県出身の小出卓史さんです。『さよならララ』が小出監督にとって初の監督作品となり、琵琶湖や滋賀の街が単なる背景ではなく、物語を支える重要な場所として描かれています。
TV放送は2026年7月から始まり、TOKYO MXでは毎週日曜24時30分から放送されています。BS朝日、読売テレビ、AT-Xでも放送され、複数の動画配信サービスで展開されています。
放送日時は変更される可能性があるため、視聴時には公式の最新情報を確認する必要があります。
\原作では“あのキャラ”の本音が描かれていた…/
今すぐチェック
『さよならララ』の「セル」とは?セル画の意味を解説
アニメにおける「セル」とは、キャラクターなどの絵を描くために使用される透明なシート、またはそのシートを使って作られた素材を指します。
「セル」という名前は、初期に用いられていたセルロイドに由来します。ただし、時代や制作環境によっては、セルロイドとは異なる透明素材が使用されることもありました。
『さよならララ』の発表では、清書された一連の線を透明なシートへ転写し、そこへ絵の具で彩りを加える伝統的な方法だと説明されています。
ここで使われる「動画」という言葉にも注意が必要です。一般的な会話における映像コンテンツの意味ではなく、アニメ制作の工程において動きの途中を描いた絵を意味します。
原画が動きの要点を示す設計図だとすれば、動画は原画と原画の間をつなぎ、動きを滑らかにする役割を持つ絵です。その線を整え、透明なシートへ写し取ったうえで色を塗っていきます。
完成したセルは、背景画の上に重ねて撮影されます。キャラクターの動きに合わせてセルを交換し、一コマずつ記録することでアニメーションになります。
背景を毎回描き直さず、動く人物や物体だけを透明なセルへ描けることが、この方式の大きな特徴でした。
たとえば、夕暮れの琵琶湖を背景にララが振り返る場面なら、湖や空を背景画として固定し、ララの表情や髪の動きを描いたセルだけを差し替えることができます。
現在の商業アニメでは、線画の取り込み、彩色、合成、撮影など、多くの工程がデジタル環境へ移行しています。セル画時代と似た考え方でレイヤーを重ねますが、実物の透明シートや絵の具を使用する必要はありません。
デジタル制作には、色の修正がしやすく、素材の複製や管理も行いやすいという利点があります。撮影処理や光の表現を細かく調整できるため、現在のアニメ制作に適した効率性と表現力を備えています。
一方、セル画には、絵の具の厚みや塗りのわずかな揺れ、撮影時の光の反射など、物質として存在する絵ならではの不均一さがあります。
その不均一さは、技術的には誤差や制約でもあります。しかし映像として見ると、完全には整いすぎていない柔らかさや、手で作られたものの温度として感じられるのです。
「セル画」と「セル画風」は同じではない
セル画について調べる際、とくに区別したいのが「セル画」と「セル画風」という言葉です。
実際の透明シートに線を転写し、絵の具で彩色した素材を使えば、制作方法としてのセル画です。一方、デジタル作画で色数や線の質感を調整し、昔のセルアニメのように見せる場合は、セル画風の表現となります。
デジタル制作でも、影の境界をはっきりさせたり、彩度を抑えたり、フィルムの粒子に似た効果を加えたりすることで、セル画らしい雰囲気は再現できます。
ただし、実物のセルに絵の具を置いたときに生まれる微妙な色むらや光の透過まで、まったく同じになるわけではありません。
『さよならララ』の興味深いところは、セル画のように見せるだけでなく、オープニングの一部で実際のセル画を用いたことです。
これは効率を目的とした選択ではないでしょう。むしろ手間のかかる工程をあえて取り入れ、限られた場面へ特別な意味を与えるための演出だと考えられます。

「アニメの続き、原作で“本当の結末”を知りたくありませんか?」
- 📚 原作では描かれなかった心情や“裏設定”がわかる!
- ✨ 今だけ最大70%OFFキャンペーン中
- ✨ 電子書籍だからすぐ読める&スマホで完結
気になるあのシーンの“真意”、見逃していませんか?
『さよならララ』のセル画はオープニングのどこに使われた?
『さよならララ』のオープニングでセル画が使用されたと明かされているのは、主に二つのカットです。
- 映像冒頭で大津茉里が振り返るカット
- 映像後半に登場するララの横顔のカット
どちらも激しいアクションではなく、人物の顔や視線が印象に残る静かな場面です。
セル画というと、昔のロボットアニメや派手な戦闘シーンを思い浮かべる人もいるかもしれません。しかし本作では、動きの迫力を強調するためではなく、キャラクターの存在感や感情の余韻を残すために使われています。
冒頭で振り返る大津茉里のセル画
オープニングの冒頭では、大津茉里が振り返る姿がセル画で表現されています。
茉里は、約200年の時を越えて琵琶湖によみがえったララと現代社会をつなぐ人物です。ララにとっては、見知らぬ時代と滋賀の街へ踏み出すための入口ともいえる存在でしょう。
振り返るという動きには、「誰かの存在に気づく」「後ろにいる相手を迎える」「過去を確かめる」といった複数の意味を重ねられます。
筆者としては、オープニングの最初に茉里の振り返りを置いたこと自体が、『さよならララ』という作品の構造を端的に示しているように感じました。
200年前からやって来たララを、現代に生きる茉里が振り返って見つける。時代の異なる二人の視線が交わった瞬間から、新しい物語が動き始めるのです。
そのカットをセル画にすることで、茉里は現在を生きる人物でありながら、ララが背負う古い時間にも触れているように見えます。
デジタル映像の流れにセル画の質感が現れると、画面の時間が一瞬だけゆるやかになります。何気ない振り返りが、誰かとの出会いを待っていた記憶のように変わるのです。
後半に映るララの横顔のセル画
オープニング後半では、ララの横顔がセル画で描かれています。
真正面の顔ではなく横顔であることも重要です。横顔は、他者に向けて感情を説明する表情というより、その人物が胸の内で何を見つめているのかを想像させます。
ララは、かつて人間の王子との愛が実らず、泡となって消えた人魚姫です。明るく人々を照らす存在として描かれる一方、その内側には200年前の記憶と喪失が残っています。
セル画の柔らかな線や色の揺れは、ララの心を明確な言葉で説明するのではなく、過去がまだ彼女の中に沈んでいることを感じさせます。
デジタル映像の鮮明さが「現在のララ」を映すものだとすれば、セル画の横顔は「かつて人魚姫だったララ」の記憶に近いのかもしれません。
これは公式に説明された設定ではなく、映像から読み取れる筆者の解釈です。ただ、冒頭の茉里と後半のララをセル画で対にした構成には、現在と過去を結ぶ意図が感じられます。
茉里は振り返り、ララは横を見つめる。二人の視線は直接向き合っていなくても、オープニング全体の中で静かに呼応しているのです。
オープニングにはララの滋賀での日常も描かれる
セル画以外の場面では、現代の滋賀県でララが人々と関係を築いていく様子が描かれています。
ララに手を引かれて歩くのは、大津茉里の兄である大津祥弥、父の大津誠、祖母の大津江万、そしてルカです。
チーズケーキで知られる滋賀県の洋菓子店「アンデケン」のスタッフや、学校の友人たちも登場します。
周囲の人々がララと一緒に笑顔で前へ進む姿からは、彼女が太陽のように人々を照らし、場の空気を変えていく存在であることが伝わります。
後半には、ララの手を優しく包む姉たちや、花を見つめるグレイスも登場します。ララと茉里が会話する場面、ララとルカが夕日に染まる琵琶湖のほとりを歩く場面も描かれました。
オープニングが見せるのは、大きな事件の予告だけではありません。食事をし、歩き、笑い、誰かと肩を並べるという、ララがかつて得られなかった日常です。
だからこそ、その中にセル画のカットが入ると、単なる懐古的な演出以上の意味が生まれます。
200年前の悲劇から来たララが、現代の日常へ少しずつ定着していく。その時間の境目が、制作技法の違いとして目に見える形になっているのです。

\アニメでは描かれなかった“真実”がここに/
原作で確かめる
セル画と手書きクレジットが『さよならララ』の映像表現にもたらすもの
『さよならララ』のオープニングで注目したいのは、セル画だけではありません。
映像内のスタッフクレジットには、制作スタッフ一人ひとりが自分の名前を手書きした文字が採用されています。
通常のオープニングでは、デザインや書体の統一性を保つため、既存のフォントや制作側で整えた文字を使用するケースが多く見られます。
本作では、文字の大きさ、線の太さ、形の癖が異なる肉筆をあえて並べました。名前は情報として表示されるだけでなく、その人が実際に手を動かした痕跡として画面に残っています。
公式の説明では、クレジットの筆跡から、企画の立ち上げから放送までにスタッフが抱えた喜び、苦悩、葛藤、作品への愛情を感じられるとされています。
少し大げさに聞こえる人もいるかもしれません。けれど、アニメーションが多数の人の分業によって作られる表現であることを考えると、手書きの名前には確かな意味があります。
完成した映像では、作画、彩色、撮影、編集、音響などの工程が一つにつながり、誰の手によるものなのかは見えにくくなります。
そこで一人ひとりの筆跡を画面に残せば、完成映像の裏側にいる人間の存在が浮かび上がります。
セル画が絵を描いた手の痕跡を伝え、手書きクレジットが作り手本人の痕跡を伝える。二つの表現は別々の企画ではなく、「人の手で作られた作品」であることを示す一続きの演出なのでしょう。
セル画の柔らかさはどこから生まれる?
セル画が柔らかく見える理由は、一つではありません。
まず、絵の具で塗られた色には、デジタルの一様な塗りとは異なるわずかな揺れがあります。光を当てて撮影する際にも、セル表面の反射や背景との距離によって微妙な奥行きが生まれます。
線にも、人が引いたと分かる強弱やかすかな不安定さが残ります。輪郭が機械的に整いすぎないため、人物の肌や髪が硬く見えにくいのです。
もちろん、デジタル作画でも柔らかな線や色は表現できます。セル画だから自動的に優れた映像になるわけではなく、目的に合った設計と扱い方が必要です。
セル画には修正しにくい、保管に手間がかかる、作業工程が増えるといった問題もあります。大量のカットを安定して制作する方法としては、デジタル制作の方が合理的です。
それでも『さよならララ』が一部のカットにセル画を取り入れたのは、合理性よりも、その場面でしか得られない感触を選んだからだと考えられます。
作品全体をセル画に戻すのではなく、人物の視線が残る二つのカットへ限定した判断も効果的です。登場するたびに特別な質感が目に留まり、視聴者の記憶へ残りやすくなります。
いきものがかりの楽曲と映像の関係
オープニングテーマ「さよならララ」を歌うのは、いきものがかりです。
歌唱は吉岡聖恵さん、作詞・作曲は水野良樹さん、編曲は亀田誠治さんが担当しています。
楽曲に合わせた映像では、ララの過去の悲しみだけでなく、滋賀で出会う人々との穏やかな時間が中心に置かれています。
タイトルに「さよなら」とありながら、映像は別れの暗さだけを強調していません。ララが新しい場所で誰かの手を取り、歩き始める姿を明るく映しています。
ここに本作らしいねじれがあります。「さよなら」は、すべてを失う言葉ではなく、過去の結末から次の人生へ進むための言葉として響くのです。
セル画の懐かしさも、過去へ戻るための演出ではありません。古い時間を抱えたまま、新しい時間へ進むララの姿を支えています。

\原作限定の衝撃展開を見逃すな/
原作を読む
なぜ『さよならララ』は今セル画を使った?映像表現を考察
ここからは、『さよならララ』が2026年のアニメでセル画を取り入れた意味について、筆者の視点から考察します。
個人的には、このセル画は単純な昭和・平成アニメへの懐古ではなく、ララが生きた異なる時間を画面の素材として表すための演出だと考えています。
ララは、200年前に一度人生を終えた人物です。現代の滋賀県で再び歩き始めても、彼女の中から過去が完全に消えるわけではありません。
現在の街並み、学校、家族、洋菓子店などを映すデジタル映像の中に、物質的なセル画が一瞬だけ現れる。その違和感は、現代に存在するララの中へ古い記憶が浮かび上がる感覚に似ています。
セル画は「200年前」を直接再現するためではない
もちろん、約200年前にアニメーションのセル画技法が存在していたわけではありません。
そのため、セル画は歴史的に正確な時代再現ではなく、視聴者が「過去」「記憶」「懐かしさ」を直感的に感じ取るための映像言語です。
アニメを長く見てきた視聴者にとって、セル画の色や線は、過去に見た作品の記憶と結びついています。
若い視聴者がセル画時代を直接知らなくても、デジタル映像とは異なる手触りを「少し古い」「温かい」「夢の中のようだ」と感じる可能性があります。
制作技法そのものが、世代によって違う記憶を呼び起こすのです。その意味で、セル画は説明台詞を使わずに時間の厚みを伝えられる表現だといえます。
茉里とララがセル画で結ばれている意味
セル画に選ばれた人物が、ララだけではなく茉里である点も見逃せません。
過去から来たララだけをセル画にすれば、「セル画はララの過去を表す」という理解で終わります。しかし現代に生きる茉里もセル画で描かれたことで、意味が広がりました。
茉里はララの過去を知らない側の人物でありながら、彼女を現代へ受け入れる存在です。茉里がララと関わることで、200年前に途切れた物語が再び動き出します。
つまり、セル画は過去そのものではなく、過去と現在が接触する瞬間に使われているのではないでしょうか。
冒頭で茉里が振り返り、後半でララの横顔が映る。二つのカットの間には、滋賀で出会った人々とララの日常が流れます。
映像全体を一つの小さな物語として見ると、茉里の視線から始まり、周囲とのつながりを経て、最後にララの内面へ近づいていく構成です。
最初は茉里たちが「不思議な少女を見る」物語だったものが、やがて視聴者も「ララが何を見ているのか」を考える物語へ変化していく。その入口と出口にセル画が置かれています。
私はこの構成に、『さよならララ』が目指す人物描写の方向性が表れていると感じました。
ララを明るく無垢な人魚姫として眺めるだけではなく、彼女の笑顔の奥に残る喪失や、二度目の人生で愛を探す切実さまで見つめてほしい。セル画の横顔は、そんな呼びかけにも見えます。
「本当の愛」は恋愛だけを意味するのか
オープニングでは、ララと特定の恋愛相手だけが強調されているわけではありません。
茉里、その家族、ルカ、学校の友人、洋菓子店の人々、ララの姉たち、グレイスなど、異なる形で誰かを思う人物が次々に登場します。
これは、ララが探す「本当の愛」が、王子との恋愛だけに限定されない可能性を示しています。
家族への愛、友人への愛、故郷への愛、過去の自分を受け入れること。物語が進むにつれて、「愛」という言葉の範囲そのものが広がっていくのではないでしょうか。
かつてのララは、一人の王子へ向かう愛によって人間になる道を選びました。しかし現代のララは、さまざまな人と日常を共有することで、愛が一対一の関係だけではないと知っていくのかもしれません。
セル画が使われた横顔には、その答えがまだ書かれていません。視線の先に誰がいるのか、何を思っているのかを断定させないからこそ、物語の余白が残ります。
キネマシトラス15周年作品としてのセル画
『さよならララ』は、キネマシトラスの設立15周年記念作品です。
この節目に、アニメーションの歴史を象徴するセル画を取り入れたことには、スタジオ自身の歩みを振り返る意味もあると考えられます。
ただし、過去の技術をそのまま復活させるだけではありません。デジタル制作を否定せず、その中へセル画を必要な分だけ組み込んでいます。
古い方法と新しい方法のどちらか一方を選ぶのではなく、それぞれの長所を一つの映像に共存させる。この姿勢は、童話『人魚姫』を現代の滋賀県へ移し替えた作品設計とも重なります。
原典をそのまま再現するのではなく、200年後の物語として読み替える。セル画をそのまま全面復活させるのではなく、現代的な映像の中で新しい意味を持たせる。
『さよならララ』は、物語と制作技法の両方で、古いものを保存するだけではなく、現代へつなぎ直そうとしているのです。
今後の本編でもセル画は使われる?
今後、本編の重要な場面にも実物のセル画が使用されるかどうかは、今回の情報だけでは判断できません。
公式に明言されているのは、オープニング映像の一部にセル画を用いたという事実です。本編の特定場面でも同じ技法が使われると断定することはできません。
ただ、オープニングでセル画がララの過去や人物の感情と結びつけられている以上、本編で似た質感の映像が現れた場合は注目する価値があります。
ララが200年前の記憶を思い出す場面、海の王である父ローワンや姉たちとの関係が描かれる場面、魔女グレイスとの過去が明かされる場面では、画面の線や色が変化する可能性も考えられます。
それが実物のセル画なのか、デジタルによるセル画風の処理なのかは、見た目だけで判断しにくい場合があります。
重要なのは技法を当てることだけではありません。なぜその瞬間に画面の質感が変わったのか、誰の記憶や感情と結びついているのかを見ることです。
『さよならララ』はオリジナルアニメであり、先の展開を知るための原作漫画や原作小説はありません。だからこそ、オープニングの構図、色彩、人物の配置といった映像内の情報が、今後を考える大きな手掛かりになります。
セル画の二つのカットも、単なる記念企画として消費するには意味深です。物語が進んだ後に見返すと、茉里の振り返りやララの横顔が、最初とは違って見える可能性があります。
\今だけ最大70%OFF!まとめ読みのチャンス/
セールをチェック
『さよならララ』のセル画についてのまとめ
『さよならララ』は全編をセル画で制作したアニメではなく、2026年7月13日に公開されたオープニング映像の一部で実際のセル画を使用しています。
セル画になっているのは、冒頭で大津茉里が振り返るカットと、後半に登場するララの横顔です。
セルとは、清書した線を透明なシートへ転写し、絵の具で色を塗って背景と重ねる伝統的なアニメーション素材・技法を意味します。
現在主流のデジタル制作と比べると、修正や管理には手間がかかります。一方で、色のわずかな揺れや撮影時の光、手描きの線から、柔らかく奥行きのある風合いが生まれます。
オープニングでは、スタッフ本人が書いた手書きクレジットも採用されました。セル画と肉筆の文字を組み合わせることで、完成した映像の向こう側にいる作り手の存在を感じられる構成になっています。
筆者としてとくに注目したいのは、セル画が単なる懐古的なサービスではなく、200年前の過去と現代の滋賀県をつなぐ表現として機能している点です。
茉里の振り返りとララの横顔。その二つの静かな視線に、異なる時代を生きる二人が出会った意味が込められているように感じます。
『さよならララ』を見る際は、物語だけでなく、線の質感、色の揺れ、光の当たり方にも目を向けてみてください。画面がふっと柔らかくなる瞬間に、ララが置いてきた200年の時間が浮かび上がってくるかもしれません。
📚 アニメの続き、気になったまま止まっていませんか
「この先どうなるかは分かっているつもりだけど、
細かいところまでは知らないまま」そう感じた作品ほど、原作を読むと印象が変わることがあります。
とくにブックライブの初回特典は、原作に手を出すか迷っている層にかなり寄せた設計です。
- ・初回ログイン時に 最大70%OFFクーポン が配布される
- ・試し読みが多く、合わなければ買わない判断がしやすい
- ・PayPay、LINE Payなど普段使いの決済に対応
- ・まとめ買い前提でも本棚管理がしやすい
「原作は高いから後回し」という理由は、少なくとも初回では成立しにくい条件です。
💡 原作を読むと、アニメで分からなかった理由が見えてくる
アニメは分かりやすさとテンポを優先します。
その結果、次の要素は削られがちです。
- ・キャラクターの判断に至るまでの思考過程
- ・後半展開につながる伏線や説明
- ・感情表現の行間や余白
「あの行動、そういう意味だったのか」と後から腑に落ちる体験は、
原作を読んで初めて得られることが多いです。とくに完結済み、もしくは終盤に入っている作品ほど、
先に原作で全体像を把握したほうが満足度が高くなる傾向があります。
📣 よくある利用者の反応
- 「割引が大きく、迷っていた巻まで一気に買えた」
- 「アニメだけでは理解できなかった部分が整理できた」
- 「電子書籍でも続刊管理が意外と快適だった」
⚠️ 最大70%OFFクーポンは初回登録時のみ配布されます
迷っている間に失効するタイプの特典なので、
「いつか読むつもり」の作品があるなら、先に確保しておくほうが無難です。
よくある質問
『さよならララ』は全編セル画で制作されていますか?
全編セル画ではありません。公式に実際のセル画を使用したと明かされているのは、オープニング映像の一部カットです。
『さよならララ』のどの場面がセル画ですか?
オープニング冒頭で大津茉里が振り返る場面と、後半に映るララの横顔がセル画で制作されています。
アニメで使われる「セル」とは何ですか?
清書した線を透明なシートへ転写し、絵の具で彩色して背景画と重ねるための素材、またはその制作技法を指します。「セル画風」のデジタル映像とは制作方法が異なります。
執筆:相沢 透(あいざわ)



コメント